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1961年8月13日愛知県名古屋市生まれ
小学校6年の時の学芸会で「夕鶴」のよひょう役を演じ、周りから絶賛されうぬぼれて中学入学と同時に、地元の児童劇団巣山プロに入る。
中学3年生と高校1年生の時にNHK「中学生日記」に出演。
他、NHK少年ドラマ「兎の目」、CBC制作の昼ドラ、中日学習塾CM、野球用品キーストンCMに出演。CM出演の、二つの会社とも放送後すぐ潰れ、周りからは「お前が潰した!」と、いじめられる。
高校卒業後、上京し役者になろうと文学座を受けるが、緊張の余りト書きを読んでしまい、1次試験で不合格。せめて2次試験で歌うはずだった「いとしのエリー」は、披露したかった。ちなみに、その時の合格者の中には渡辺徹さんがいた。
失意の中、当時「中学生日記」の先生役の湯浅実さんが、名古屋で週一、演技の勉強会をするというので混ぜて貰い翌年1981年「美しきものの伝説」作・宮本研 演出・湯浅実、で初舞台を踏む。
その年劇団青年座所属の湯浅さんを頼り、青年座の研究所に入所。1983年の3月までに研究生として「真夏の夜の夢」「女の一生」「自由の彼方で」「三文オペラ」などの舞台を踏み、一端の役者気分を味わう。
研究所卒業後、上の劇団員になれず他に行くところもないので自分で映画を作るが大失敗に終わる。
1984年1月に出演者募集のオーディションに初めて合格、劇団七曜日旗揚げ公演「鬼ヶ島」作・演出 レオナルド熊/ヤクルトホール、に出演。これが、プロデビューになるのかな?
その後、レオナルド熊さんと同じ事務所のコント赤信号に誘って貰い、1984年4月赤信号劇団童貞公演「マゼラン・ブルー」作・鴻上尚史 演出・川村毅/スズナリに出演。
ちなみに、この時の共演者の中には、室井滋さん、日高のり子さん(「タッチ」の声の)、肥後克広さん(ダチョウ倶楽部)もいたんだねぇ。
この続きは、また今度!(その頃の写真もそのうち載せていきますね) |
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